兀狄山人漂泊録 GotutekiSanzin /Minimal Wild /Ultla Light/ネオBライフ/Hermit

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世捨て 入門~002~技術篇1;定住漂泊

世捨て 入門~002~技術篇1;定住漂泊
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世捨て、とは何か? 順としてはまず記すべきだが、その前に「定住漂泊」なる項を割く。

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 漂泊は一義的には「流れ漂う」の意味であろう。
 この場合、「漂流」との違いは、意思の有る無しに、あるらしい。
 一方、漂泊は水の上ばかりにはとどまらず地上での「流浪」「放浪」の意味もある。
放浪には、意思の有無、双方含まれそうだから、意思有りの場合のみの「漂泊」は、放浪のサブセット(部分集合)なのだろうか?
 管見にては、しかとは思われず。ニュアンスが違う。

 流浪も放浪も、漂泊と比べると「客観的」「肯定的」「生存を指向する」「生命力のある」言葉に感じる。
 自らの意思である場合も無い場合もあるだろうがどちらにしても、その境遇を肯定的に受け止め前向きに生きていくようなニュアンスが、「放浪」にはあるような気がする。

 比べると、「漂泊」は、自らの意思で求めてその境遇には身を置いてはいるが、自らの境遇を肯定することもないし、客観化(これは結局は正当化につながる)もしないし、力強く生きてもいない、何がなんでも生き延びることさえ放棄しているようなニュアンスがある。

「遁世」「世捨て人」と親和性のある言葉のような気がする。
 「達観」「諦念」「厭世」、悪く言えば「無気力」「面倒くさがり」とも通ずる。

欣求浄土厭離穢土 ゴングジョウドオンリエド ならぬ、
欣求漂泊厭離世間 である。

 さて実際問題だが、「放浪」「漂泊」どちらにして我が国では「住所(正確には住居だろう)不定無職」はいけないことらしい。
 いけないこと、と云う拙い表現を使った理由は、詳しく語ると意外に面倒で長くなるわりには本論にはむだなのでパスするためである。よって、あまり法律論は気にしなくて宜しい。住所でも住居でもどうでもいい。

 であれば、「住居不定の漂泊」は不法者(イリーガル)なのだから、放浪者も漂泊者もどこかに住民票を置いて税金を納めなければならない。
 実に、チマチマした小さい漂泊であることよ!だが、そもそも小者なのだから仕方ない。

 で、ついでに、「無職」の方は、「金がなく、働く能力があるのに働かないのが」違法であって、「金がある人」「働く能力の無い人」は無職でも合法である。

 要するに、合法的に放浪・漂泊するならば「生活費を稼ぐ、もしくは、貯金を持つ」且つ「住居を定める」必要がある。
 これは、必要条件である(十分条件ではない)。

 で、だ。技術的なことを云えば、例えば知古親族の類いに仮に住民票を置かせてもらい最低の納税義務を果たし、何らかの方法で生活費を賄えば漂泊は可能ではある。
 が、可能ならば他者との付き合い・貸し借り関係を離れた「自主独立した」漂泊者でありたい。

 それには、所謂「Bライフ」的掘っ立て小屋であるか、マイホームであるかは問わず、自前の住居を持っていた方が良いには決まっている。

 かくして、我が国で人間関係から離れて自主独立した自由な、放浪者若しくは漂泊者であろうすれば、自ずと
「定住可能」でなければならない、と云う不思議な結論になる。

 結論。
戯言や夢物語でない、現実的な漂泊には、まず定住が先決する。

世捨て、も然り。 
世捨てには、ロマンチックな寝物語ではなく、リアリスティックな戦略がいる。
最低、役人どもの顔をみたくないので、住居を定め、納税をした方が面倒がない。

金と住居。最低条件。

そして、もう少しグレードをあげるならば、
建前の住民票ではなく、自前の定住地。

定住漂泊。……これが、具体的且つリアルなな漂泊の形だと思う。

続く

兀狄山人記