兀狄山人漂泊録 GotutekiSanzin /Minimal Wild /Ultla Light/ネオBライフ/Hermit

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世捨て 入門~006~理論篇4;代表象 

世捨て入門~006~理論篇4;代表象 
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(朝日でしょうか?夕陽でしょうか?)

またまた、回り道。

代表象;代理で表象する。
表象=現在の瞬間に知覚してはいない事物や現象について、心に描く像。イメージ。……だ、そうです。

さて、『(人間たちから独立した)言葉の世界』と云うといまひとつピンと来ない話の説明をちゃんとできるか……やってみます。

言葉。ごく普通に、話したり書いたりする言葉の根本的な役割です。

「言葉(シニフィアン)はワタシを他者に対して代表象する。」
です。
つまり、「言葉は“ワタシが何であるか”と云う代理のイメージを、対する他人(の言葉)に対して与える」

(注記;正確には以下。
シニフィアンが他のシニフィアンに対して主体を代表象する un signifiant représente un sujet pour un autre signifiant //・・・シニフィアンは取り敢えず、言葉と思ってください。)

全然ピンと来ないと思いますから、説明に、(よくある)通訳の比喩を使います。

あなたが、言葉の通じないアフリカ人aさんとコミュニケーションするとします。
アフリカ語と日本語を同時に話せる通訳はいません。

そこで、アフリカ語と英語を話せる通訳aeさんがaさんとまず話します。
そして、日本語と英語の話せる通訳jeさんに伝えます。
jeさんは、aさんの用件をあなたに伝えます。
そして、あなたは逆に……と、コミュニケーションがなされます。

ここで比喩されている、日本語とはあなたの姿形とか、或いは内的な体験(熱い、悲しい……)とか、考えとかです。
通訳jeさんとは、あなたの言葉です。
同じく、 アフリカ語はaさんの心。通訳aeは、aさんの言葉。

そして、英語とは 言葉の世界 です。

通訳jeさんは、あなたに代って(通訳aeさんを通じて)aさんにあなたを代表象したのです。
同じく、通訳aeさんは、aさんを(通訳jeさんを通じて)あなたに代表象したのです。

我々は、他者と、直接わかりあう(かかわり合う)ことはできません。……ワタシとaさんはお互いの通訳なしでは語り合えない。

あなたの痛みは私には体験できません。
あなたの見た光景は、たとえ同じ絵を見ていたとしても、私と同じではあり得ません。

(それどころか、あなたすら、見えないのです。……このことも、ピンと来ないでしょう……だった、見えてるじゃない?!……この話はまた別に……)

フーテンの寅さんの名言「お前が芋食って、俺が屁をこくか?」です。

英語 言葉の世界 が本章の課題です。
あなたは、あなたの通訳が英語を話せることを“何故か?“確信しています。
同じく、aさんも彼の通訳が英語を話せることを”何故か?”確信しています。
その確信の根拠は、二人ともに、言語の世界に参入することを宣誓したと云うこと、ただそれだけです。

言い方を変えると、「英語」と云う誰にでも共通なしかし、直接話すことのできない言葉(ではなく、言葉の世界)が存在していて、ふたりの通訳=各々の言葉、はその言語を同じように理解し扱うことができる、という(実はあまり根拠の無い)確信です。

我々は、解り合えると確信しているから、解りあっている(かのような気分になっている)だけなのです。
そして、それで世界はほぼ問題なく動いているのです。
驚くべきことです。
本質的に体験を分かち合えないものどうしが、協同して世界をとりあえずは何とか運用しているのですから!

この、世界が何とか成り立っていること、そのこと自体こそ、本来有るか無いかわからないような『言葉の世界』なるものが、存在している証でなくて何でしょうか?

そして、我々各々別の言葉が、言葉の世界に翻訳され得ると云うことはとりもなおさず、我々の言葉は「言葉の世界のルールにかなりの程度準拠している」と云うことではないでしようか?

つまり、我々の 「無意識は構造化されている」。
……ちょっとついてこれません?大丈夫?

わかりあえることは根拠の無い確信ですが、「わたしたちの直接やり取りできるのは何から何まで言葉の世界だけ」であることは、確かなことです。

とりあえず、小生も(小生は、というべきですか?)、この驚くべき事実は承認します。

言語の世界に参入することを宣誓する。
とは、私はワタシが人間であることを確信する。と云うことです。
やや幼稚な(……ベタな)な言い方をすれば、「他者と言葉で解り会えると信じきる」ことです。

それを少しでも疑うものは人間ではありません。
『人でなし』か、『宇宙人』です。

世を捨てる、とは、いくぶんかは、人でなしになることなのです。

おっと、また先走った。

つづく

兀狄山人記