兀狄山人漂泊録 GotutekiSanzin /Minimal Wild /Ultla Light/Hermit

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昭和初期の物価【散話selection/20150108】

昭和初期の物価【散話selection/20150108】
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✳註記;過去送付したメールの中から役に立ちそうなものをほとんどそのまま記録しておく。
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相変わらず山頭火日記読んで、気がついた
・昭和初期の地域差
・農村の疲弊
・今と、ものの価値の違い
・インフレの進行と金融経済の発展による米価の下落。
つまり、戦争の足音だ。

A昭和五年九州南部(俺が入社当時も日本一物価給料の安い土地で、確か東京の⬛%だった)
B昭和7年中国地方
C南方手紙昭和7、8年関西
比べると明らかに、順に物価・賃金が高くなっている。金利はわからないがインフレの進行は明らか。

Aでは一銭50円の感じだが、Cでは価値は半分ていどせいぜい30円だ。
たたし、南方の手紙はすべて東京、京阪の有力者あてだからやや実際とは違う可能性あり。

さて、山頭火
一日約40銭、やく2000円+米の喜捨(余った米は一升20銭で買ってもらえるシステムらしい。米の賄いは五合11銭、一日五合食べている!)で生きれたらしい。
多い日は、一円=5千円もらう。日雇いよりいいくらい。
当時、行乞つまらルンペンや遍路は職業と認識されていたらしい。子連れ、若夫婦の遍路さえいる。

因みに、このような寅さん的な流しの職業人を『世間師』という。
これは、民俗学者宮本常一に詳しい。

またまた蛇足だが、宮本、南方、山頭火すべてから当時の日本人はかなりセックスは奔放だ。
駆け落ち、不倫、フリーセックス(は状況次第だがかなりスゴイ)、処女新妻の初夜権(つまり新婚家庭の子供が地域有力者の子供の可能性)、当たり前。かなりヒドイ

賃宿は米別で最低のおかず付きで約30銭1500円~
おかずはささやか。ひどいところは汁のみ。
一品料理(下物と書いてある。ツマミのことかもしれない)は+5銭程度、醤油も別料金

もっとも普通の宿(一人前一室一灯食事つき)は80銭以上。

湯は2銭100円→3銭。
安いのが、家賃、賃金、米、鰯!。
意外に野菜はさほど安くない。
つまり地域で採れ過ぎたものは安い。

米は今10キロ7升1合3000円=一升430円と考えると、宿の買い取りが1升1000円で高い。

賃金はA日雇い80銭と安いが、南方の日記ではC和歌山で日雇い三円と全く違う。地域差があるのか?
やはり九州はすべて安いようである。

やはり暖かい国は豊かなのか、乞食でも麦は捨てる。白米で麦飯玄米は食べないので山頭火脚気気味。

驚くのは酒一合八銭~400円!!一升一円5000円。とても高い。今の酒とは度数が違うのだろうか?
三合で酔っている。
四合で宿代だ。
焼酎はかなり安いようだ。書いてないが文脈では日本酒よりかなり安いようだ。しかもかなり不味く恥ずかしいものらしい。
今と濾過等々味が違うのかもしれない。
高いのは汽車賃…

つまり、今とどちらが住みやすいか、金銭的には微妙
あ、大事なことは、江戸から当時まで旅人は、ほとんど荷物もなく、炊事炊飯もせず旅をしている。

山頭火さえ、野宿の遍路をあわれんでいる。

俺はルンペン以下。

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以上、
兀狄山人記