兀狄山人漂泊録 GotutekiSanzin /Minimal Wild /Ultla Light/ネオBライフ/Hermit

世を捨て 人生から降り 晴歩雨読 無為徒食 兀兀騰騰 逍遙漂泊 無頼の忘備録

暇潰し

暇潰し
何時もながら何処で誰が書いたのか何もかも失念し続けているのだが、
「人生は死ぬまでの暇潰しなどとうそぶいてみても云々……」
と、話が続く文章を読んだ記憶がある。

凡俗と言って悪ければ、所謂世間と云うものは、「人生は暇潰し」と云う命題を嫌う。
単なる事実・動かし難い真実とはとらずに、何か特にひねくれて虚無的になった尋常ならざる精神が言わしめた世迷いごと妄言或いは極論の類いと受けとりたいようだ。

ま、わからないではないが、改めて言うまでもなく、
『人生に意味は無く、単に死ぬまでの暇潰し』でしかない。
少し考えればわかることだ。

大は恒星の誕生から白色矮星としての終末までに何の意味もなく、小はウィルスや虫や雑草の一生に何の意味もないのなら我等人類の一生に意味があるわけがない。
無い意味を有ると言い張るのは良くない下心があるからに違いない。詐欺師とか、宗教屋さんとか……
さもなければ、単に自分の頭で考えることの出来ないバカなのだろう。

意味がないと云うことは、別に悪いことではない。
何かそこいらにトンでもない思い違いがあるのではないか?
意味がなければいけない。と云う誤解。

そもそも生きることに意味などない、或いはあったとしても神ならともかく人間如きにわかるわけがないのが当然なのだ。
だからといって人は生まれてしまった以上、死ぬまで生きなければならないのも当然のことだ。
意味がないなら何で自殺しないのか?等と無茶なことを言う頭の弱いかたがいらっしゃるから困る。
なんで、いちいち死ななければならないのさ?

生きること自体が難しい状況なら生存自体が目標になるから意味を考えるまでもないが、我が国ではさにあらず、意味もない人生を生きるのは「暇潰し」以外の何者でもない。

単なる事実だ。

暇潰しにも、上等下等、高級低級、高貴凡俗の違いがあるのもまた当然だ。

人生に意味あり一派何ぞは、立身出世お付き合いお節介金儲けなんぞの根拠の無い意味で固めた、最低の暇潰しに寝る間も無く走り回り、草臥れきって瞑目するような「最低の暇潰し」言い換えれば人生を棒にふって終わるのだろう。
ま、それも業、好き好き。考えたら可哀想な運命だ。

寝たいときに寝て、歩きたいときに歩いて、考えたいことを考え、会いたくない人には会わないで、飲みたいときに飲んで気がついたら死んでしまう……

そんな、上等高貴な暇潰しで生涯を全うしたいものでございます。