兀狄山人漂泊録 GotutekiSanzin /Minimal Wild /Ultla Light/ネオBライフ/Hermit

世を捨て 人生から降り 晴歩雨読 無為徒食 兀兀騰騰 逍遙漂泊 無頼の忘備録

世捨て と 世捨て人 【世捨て入門】

世捨て と 世捨て人 【世捨て入門】

何故、「世捨て 入門」で、「世捨て人 入門」でないか、と云う話。
別に、世捨て人でもイイのだけれども、ちょっとニュアンスが違う気がする、その"気"の部分を徒然綴ってみヤう。

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まず、それ以前の話なのだが、
言葉と云うものは言霊と云うほど強力ではなくても、好むと好まざるとにかかわらず、呪シュであり、魔が宿っているものである。

魔が勝手に跳梁しないやうに、なるべく厳密な定義やら、誤解の余地のない丁寧な(くどい)説明が必要となる。

数学者の好む表現で云うwell-defined という奴に近づく努力は何かを書く以上、詩人以外はまぬがれない。

と、あたしゃ思うんだが、どうも近頃の…………❌❌❌

もとい。

小生のややくどい説明癖も、哲学好きな方ならお馴染みで何と云うことはないだろうが、一般には辟易させるものとはわかっちゃいる。

誤解曲解と云う、魔を封じることが哲学の重要な役目のひとつ、らしい。確かカントがそんなようなことを書いていたようないないような……。

話が逸れすぎ。それすぎとピーコ。
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さて、だ。
小生の謂うところの 世捨て と云う概念に、その人、世捨て人個人の人生観、形而上学的世界観、道徳性などは含まれていない。

理由の如何の問わず、人と性ショウを問わず。

世捨て人、と言ってみると、このような「世捨て と云うライフスタイルに無関係な」個人的な精神性をも 含めて語ろうとしているかのように理解されてしまう、気がした。

それは、とりあえず避けたい、と思った次第。

何らかの、経緯で世捨てをする以上、その経緯が特定の人生観を形成するであらう。
また、その人がある程度哲学的センスがあるなら、或いは逆に考えることを放棄して宗派的宗教に傾倒しているなら、どちらも確固たる形而上学的世界観をもっているだらう。(後者は必然的に誤りであるが……)
またまた当然、反道徳非道徳無道徳と云うことも含めて、何らかの道徳観を考えないほど愚かな人は世捨て人など考えてもみないだラう。

それはそうだろう。
がしかし、世捨て、に直接関連しない、個人的信条は問題にしたくない、と云うことですダ。

例えば、「世を捨てても人には感謝を」とか、「世を捨ててもポジティブに」、とか 「……夢を云々」……そう云う寝言はとりあえず、どうでもいい、もうひとつふたつ~ずっと先の話で謂わば些事ということ。

世捨て人、と、人をつけると、どうもそう云った「その人の内面性」にコミットする雰囲気がある。
で、世捨て 入門 としてみた。ような気がしたりしなかったりラジバンダリ(懐かしー)

話は、具体的な方法論とどうしても避けて通れない思想部分に限ることとしたい。……したい、けど……


閑話休題

世捨て の 世の字 は、「この世」でもなく、「世界」でもなく「世間」だとワタクシは認識している。

が、その「世間」と云う奴が一筋縄ではいかない。

そのあたりから先は、また。
サヨナラサヨナラサヨナラ✋✋(知らないだローなー)