兀狄山人漂泊録 GotutekiSanzin hyouhakuroku

世を捨て 人生から降り 晴歩雨読 無為徒食 兀兀騰騰 逍遙漂泊 備忘録

漂泊No.1- 4[出雲大社,日御碕,180312(6日目)]【漂泊001】【紀行】

漂泊No.1- 4[出雲大社,日御碕,180312(6日目)]【漂泊001】【紀行】
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3月12日の行動;
快活クラブ出雲店→[徒歩]出雲大社→[バス]日御碕・日御碕神社→出雲大社1356→[一畑電鉄]1457松江しんじ湖温泉駅1525 →[バス]1601八重垣神社[バス]1510→1530松江駅近く→松江しんじ湖駅裏の、温泉銭湯・ちどり湯→[徒歩]21:00快活クラブ松江店

とんでもなく、ハードな一日……

出雲市大社へ

この日も、8時間パックで済ませた。
一昨日もらった200円サービス券も使いなんと、1100円……生ビール一杯と枝豆の値段だ、、、。

ネットカフェは出雲市駅から30分ほど北にあり、出雲市駅と出雲市大社はかなりあり、その途中にあった。
Googleの時間では着かないことが多い。地図確認やアップダウンの時間も見てないようだ。

このときも、浜田山公園と云うばかでかい丘陵をひとつ越えていく。
この季節にしてはやけに寒い。
無人の野球場を過ぎる頃夜が明け始めた。
フリースの手袋をしても指が痛い。ダウンを着る。
それにやはり足先の裏の骨が痛む。
舗装路の歩きすぎかも知れない。
よくあるアーチの筋の痛みではない。
関節や筋肉でないから対処法が見当たらない。
休ませるか、クッションのある靴で更に荷を軽くするしかない。
10㎏程度の荷物だが無駄な食料が多く、道具もほとんど使っていない。
ネットカフェ中心なら思いきって軽くしてみるか……
靴も、トレッキングシューズが大失敗。いつも散歩に使うASICSの安物のジョギングシューズの方が余程楽だった。

次は、ジョギングシューズで荷物を減らす。

一畑イチバタ電気鉄道の踏切を越えるとすぐに大社駅だ。始発が入っていった。普通は歩かないで、この電車かバスで来る。
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出雲大社前駅にはストーブがつけてあった。
有り難い。手を暖める。
丁度7時……2時間もかかった。
日御碕まで8キロだがこの分では2時間では着かないだろうし、足も気になるので横着してバスで行くこととした。堕落だ。
日御碕行きのバスは08:02次は、昼過ぎ。
1時間あるので、出雲大社に参拝する。
日御碕のあと、もう一度参拝しよう。
出雲大社に関しては特筆することはない。
少し気になったことはあるが、こころにとめておく。
そのうち何かと繋がるかもしれない。

・日御碕ヒノミサキ
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さて、日御碕へは神社まで女性が一人乗り合わせただけ、少し先の灯台までは小生一人。
お腹が緩くなっていたところ、バス停のある駐車場にきれいなトイレがあって助かった。

灯台周辺から日御碕神社までの遊歩道が素晴らしい。
駐車場にはちらほら車がとまっていたが、遊歩道には誰もいない。

岩礁に波が白く割れる。
日本海とは思えないほど明るく深い青色で、空も明るく、白い灯台もあいまってフレスコ画エーゲ海みたいだ。
我ながらベタな表現……松のエーゲ海も無いものだ。

出雲松島のネーミングはいただけないが、確かに三蔵君イチオシだけはある。
これで、夕日が沈めばとんでもない。チビる。

立派な風避けのある休憩舎で卵ラーメンを食べる。
この旅初めてのcooking。卵が腐っていないか気になっていたが大丈夫だった。
母から電話が入り長話をする、ほんの5メートル先に海猫が着地する。
トンビもやたら多く、低く飛ぶ。
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この、休憩舎でステルスキャンプしたいなー。
いつか、もう一度来よう。
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展望台から見た経島フミシマは、異形だった。
島と云うより、港から突き出た岬?岩礁?のようだ。
その上に無数の海猫がいる。
繁殖期には埋め尽くされると云う。
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経島をぐるっと見ながら日御碕神社へ向かう。
一軒飲食店がやっていた。雲丹が名物らしいが、とても食べれる値段ではない。
トンビが干物を狙ってすれすれに飛ぶ。

日御碕神社は、アマテラスとスサノオを祀った2社でひとつ。
社伝は無理がある。
アマテラスに夜の世界を守り、スサノオに昼の世界を、と云うのはおかしい。
ツクヨミを無理に変えたのだろう。
もともと3社だったとも書いてある。
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近くの山に月読ツクヨミ神社があるようでもある。

たぶん、日御碕神社は、月読ツクヨミの鎮魂社だとおもう。

祭祀権がアマテラスとツクヨミにあり、行政軍司権がスサノオ系にあったのだろう。
忌部と藤原の祭祀権が藤原氏にまとめられていく過程とパラレルだ。

アマテラス が、スサノオ系 ツクヨミ系 から力を奪っていったなんらかの比喩的な鎮魂と怨霊封じが、出雲の役割なのだろう。

熊野神社(スサノオ) 八重垣神社(二つはすぐ近く)
日御碕神社(ツクヨミ)
出雲大社(スサノオの子オオクニヌシ)

閑話休題

気になったのは、アマテラスを祀った本社のすぐ右に 蛭児神社 が、あったことだ。
ヒルコは蛭子エビスで恵比寿だから、コトシロヌシともタブルイメージだ。 
もしかすると、近くにスクナヒコナを祀った粟島神社もあったのかもしれない。
ま、これについては長くなるのでいずれ……
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あ、そう云えば、出雲大社では本殿は南を向いているが、中のオオクニヌシ(の何だかは忘れた)は西を向いていると云う。西の摂社は他より一回り大きい宗像神社だ。
スサノオは、裏の北側にあった。
意味はわからない。

ま、ま、バスは12:14なので1時間以上バス停のベンチで昼寝をしていた。

続く